「手植えで田植えをするという事」 先日の田植えを終え、

撮ってもらった素晴らしい写真をみながら。


田を潤す水の流れる音を聞きながら、

トンボのつがいが水面に産卵する波紋をみながら、

田んぼの事、自分たちの今や将来の事を話しながら、

田植えをする。

ゆっくりと時間が流れていく。


機械の音で会話がかき消されることもなく、

機械の効率の良さ速さに、慌てることもなく、

機械の力の大きさに、恐れることもなく、

ただ僕たちのペースで一つ一つ苗を植えていくことができる。
広い田んぼを

一人や一家族でやるには時間がかかって途方にくれるけど、

たくさんの人、家族みんなで植えれば

笑顔も自然と湧いてくる。

そして、気づけばどんどん田に苗が植わっていく。

そこには、サボって寝てる大人だって、

泥遊びで服が汚れて素っ裸になってる子供だって、

真剣に田植えをしてるみんなの横にいてもいい。
それでいいんだと思った。
「時間が」

「お金が」
頭をよぎるけど、

やっぱり大事なことはそれだけじゃないことは

誰だってわかってる。

まずは効率を求めず、

たくさんの愛が集まれば

結局みんなの力でうまくいくんだって事を。
毎年、この春の気持ちのいい季節に

みんな集まって、田んぼに入り、

汗を流したみんなでご飯をたべて、

去年のこと、これからの夢を語り合って、

またサヨナラする。

「収穫楽しみだね」

「また来年会おうね」

それだけでいいんだと思う。


今年借りた比留間家の田んぼ、

最初は広すぎて、田植え機がないと手に負えない気がしたけど、

でももし、田植えを楽しみにみんなが集まってくれたら、

「できる」

そう心から思えた。

ワクワクした。
来年以降の目標です。
使われていない田んぼが今の地域にもたくさんあります。

「若い人がいなくて」

「お米農家じゃ食っていけない」

「手植え?機械は断然早いよ。」

それは本当のことだし、それで日本は支えられている。

だけど、

現代の主流の大きな機械が田畑に入ることで、

子供の教育、人と人との会話、

が置き去りになって

「こなす」農作業になっている。

若い人が離れていくのも理解できる。
やっぱり

田んぼという日本の文化を、後世につなげていくためには、

「交流の場としての田んぼ」を心がけたい。

最近は使われなくなった日本の田を

「人と人のつながり」の力で復活させたい。
そう思った日でした。
来年、もっとみんなで楽しみたいな。
そう思った日でした。

ありがとうございました。

カテゴリー: 無農薬のお米作り

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